続・ツッコミ待ちの町野さん
#37 デスゲームを主催する町野さん
ふとスマホを見たら、まだ四月だった。
「去年は高校生になったと思ったら、あっという間にゴールデンウィークだったのに」
今年は時間の流れが遅いなと思いつつ、部室の床にドミノを並べる。
「それだけいまが、充実してるってことなのかな」
なんてしみじみ思っていると、部室の引き戸が音もなく開いた。
「虚無だよ、二反田の生活は。ナッシングだよ、特筆すべき点」
現れたのは、制服のスカートにジャージを羽織ったポニーテールの女子生徒。
いつもと違うクセ強な倒置法キャラは、おいおいわかると期待しよう。
「こんにちは、町野さん。ごあいさつなごあいさつだね」
「同じだよ、わたしも。無縁な生活を送っているよ、充実とは」
町野さんは腕を組み、薄笑いで中空を見上げている。
「もう使わない言葉だけど、『リア充』って町野さんみたいな人のことだと思うよ」
「それ! 流行語の寿命って短くない?」
無表情から打って変わって、目を大きくする町野さん。
「オリキャラ主人公の二次創作くらい、話もキャラも変わっちゃった感じ?」
「わたしが球技大会のとき使った『○○からしか得られない栄養がある』とかさー、先々週の土曜日で使用期限終わりでしょ?」
「そんな明確なデッドラインあるの!?」
「繊細な感覚を言語化してくれて便利だったのになー」
町野さんが、口を「3」にして悔しがっている。
「たしかにネットではやった言葉って、寿命が短い気はするね。『横転』とか『顔ない』とかは、来年には誰も言ってなさそう」
「最痛おじさんは言うよ」
「なにその悲痛なワード」
「おじさん構文を使うおじさんを鼻で笑ってるけど自分の肌感覚が衰えているのに気づいてないから、『あなたの脳内に直接語りかけてます』とか死んだミームをSNSで使って、『バズるぞバズるぞ』ってほくそ笑んでる、二反田の未来みたいなおじさん」
「銃刀法違反でしょっぴけそうな悪口……!」
まるでなにかで切りつけられたように、胸がズキズキする。
「これだよ、だいたい。企業アカウントで出してくるの、我を」
「燃えそうな発言とともに、例のキャラ戻ってきた」
「命なんだよ、燃やすべきは。さらすなよ、生き恥を――」
「なんかデスゲームの主催者みたいだね」
「…………存亡しなよ、この死を賭したゲームで」
「ご、ごめんなさい、先読み。しないでよ、悲しい顔」
「……もうやんない」
町野さんが、片頬をぷっくり膨らませる。
「や、やりたいなー。僕デスゲーム大好きだし」
「……ほんと?」
萎え散らかしていた町野さんが、わずかに興味を取り戻した。
「本当だよ。内容はイカ系? ソウ系? 広告マンガ系もいけるよ」
「二反田の目がありえん輝いてる……デスゲームに順応するサイコキャラみたい……」
「ゲームを拒否すると、最初の犠牲者になるから」
「いいよ、物わかり。『デスドミノ』が、最初の種目」
「『デスドミノ』……普通のドミノなら得意だけど、いったいどんな内容なんだ」
町野さんがやりやすいように、僕も乗っかり気味で返していく。
「死ぬよ、帰宅できずに。人気メニューを頼んで上位十種を当てないと、ピザ店の」
「清々しいほど『帰れまテン』!」
「すぐにクーポンが使えるよ、ドミノピザのアプリ。なしで、会員登録」
「案件もらってる?」
「はあ……はあ……二反田、なんとかクリアできたね。最初の試練」
ケガをしたみたいに肩を押さえながら、苦しげな表情をする町野さん。
「町野さん、プレイヤーとしても参加してたんだ」
「最初はあんなにいた仲間が、いまはたったこれだけ……」
「死んだみたいに言ってるけど、血糖値上がって寝てるだけだよ」
「わたしは絶対に許さない! ゲームの主催者に、必ず報いを受けさせる……!」
「あ、町野さんそっちサイド?」
「そっち?」
「デスゲームで面白いのって人が死ぬシーンだけだから、後半で主人公が主催の正体を暴いて追い詰める展開とか、僕は正直どうでもよくって」
「ピュアサイコ……二反田たぶん、最初のゲームで五、六人殺ってる……」
町野さんが、身をかき抱いた。
「ああ、生を感じるね! 次はどんなゲームかなっ」
「覚醒しちゃったよ、二反田。『デス寿司』だよ、次のゲーム」
「『デス寿司』……流れで予想できるけど、いったいどんな内容なんだ」
「インディゲームで遊ぶよ、寿司を食べ続けないと爆発して死ぬっていう」
「楽しいだけのやつだった」
「だって、ゴールデンウィークのプランだもん」
町野さんが頬を赤らめ、すねたような顔をしている。
「ゴールデンウィーク?」
「去年の二反田、連休中も部活してたでしょ。ご両親が忙しいのかなって」
「忙しいというか、うちの家族は旅行とかしないタイプだから」
両親とも公務員なので祝日は休めるけれど、父はレゴ、母はドールハウスという趣味の人なので、それぞれが引きこもって楽しくすごしている。
「ドミノは血だったんだねえ」
「そう思うよ。僕と違って町野さんは、連休の予定いっぱいありそうだね」
「うん。ベニちゃん、イオちゃん、八木ちゃん、リョーマと、河原でBBQとか。だから一日くらいは二反田とも遊ぼうかなーって、デスゲームを装ったプランを」
「……?」
「二反田の中で真逆の情報が相殺されて、顔ないなった」
「えっと……僕は、バーベキューをハブられたってこと?」
「わたしが誘い忘れてた。てへっ。ハンブラビ横転♥」
町野さんがウィンクでピースしつつ、ぺろりと舌を出した。
「ツッコミたくなるワードを入れて、ごまかそうとしてる?」
「ごめんな最痛おじさん……ぷぷっ」
「ピュアサイコ相手に勇気あるね!」
「二反田、ツッコむだけで怒らないねえ」
「感情を出すのは疲れるから」
「おっ、中二病じゃな。そいつは進化すると、『感情がないから』とか言いだすぞ」
「モンスター博士。怒ってないだけで根には持ってます」
全員集合のバーベキューに、参加できないところだったんだから。
「ごめんて。お詫びにピザはわたしのおごり。一緒にドカ食い気絶しよ♥」
「……お呼ばれはうれしいけど、掃除はしないからね?」
前に町野さん宅を訪問したときは、汚部屋をめちゃくちゃ掃除させられている。
「うれしかったんだよ、同じで。時間の流れかたの感覚が、わたしと」
「デスゲーム主催者さん……?」
「気づいたんだよ、去年との違い。始業式前の通学路、球技大会の休憩」
「……そっか。僕たちは、部室以外でも話すことが増えてるね」
町野さんは一軍の主人公で、僕は背景のモブキャラ。
いまも教室での居場所は違うけれど、ふとしたときに自然と会話していたりする。
そのことに僕も含めて誰も違和感を持たないのが、この一年での変化かもしれない。
「一冊の本だよ、一年生のときの記憶は」
「うん。この調子だと二年生は、夏休みの前半くらいまでで一冊になりそうだね」
「まだまだ足りないよ、楽しさが! だからうちで遊ぼうよ、連休――」
「主催者さんの真の目的には共感するけど、部屋の掃除はしないよ」
「ね。言うとりますけども。そんな食い気味に拒否、からのー?」
「しないよ」
「じゃないと終わっちゃうよ、わたしのゴールデンウィーク掃除で!」
「有意義な連休じゃない、それもまた」
「二反田のケチ! 逆かまちょ! もうLINEのアイコン黒くして、ヘッダーに『鬱』みたいな感じで『塵』って書いてやる!」
町野さんが目を不等号にして、うわーんと部室を去っていった。
「『どしたん』、『掃除しよか?』とは誰も言わないと思うよ」
ちょっとかわいそうだけど、これくらいはしょうがないと思う。
主催者が報いを受けないと、デスゲームは終わらないから。