続・ツッコミ待ちの町野さん

#36 モブに「なにィ!」って叫ばれるタイプの町野さん

 ドミノ初心者は並べることに集中するあまり、並べ終えた牌には気を配らない。

 結果、袖やひざなど意識の外にある自分の体で倒してしまう。


「簡単そうに見えて、実際にやってみると難しいことって多いよね」


 体育館の片隅で、三角座りをしつつ隣に問う。


「それな。バレーボールの『トス』とか、簡単そうに見えるのにな」


 あぐらをかいた八木が、天井にはさまったボールを見上げながら言った。

 今日は球技大会で、僕たちの参加種目はバレーボール。

 残念ながら一回戦で敗退してしまったけれど、試合的にはけっこう惜しかった。


「なら二反田くんは、バレー経験者なのか。うんこマンなのにミスが少なかった」


 立てひざで座る坂本くんが、メガネをくいっとしながら聞いてきた。


「『運動困り手界隈』、略して『うんこま』ね。『ン』つけるといじめられてるみたいになるからね。バレーボールは体育の授業でしかやったことないよ」

「んじゃ、コソ練したのか? 今日はそれほど二反田を見下せなかったわ」

「ふたりとも、友だちだと思ってたんだけど!?」


 僕がツッコむと、八木がにやりと笑う。


「友だちだって。んで、バレーボールが意外とできたのは、どういうカラクリだ?」

「別にコソ練とかはしてないよ。ただ、気づいたんだ」

「俺が二反田の母親から、友だち料の五千円をもらっていることに?」

「生々しい金額やめて。僕が気づいたのは『見る』と『やる』では大違いだけど、そもそも僕は『見て』もいないなって」

「実に興味深い。二反田くん、説明を求む」


 坂本くんがメガネ越しに真剣な目を向けてくる。


「それ説明してくれる大学教授の口調だよ……要するに、僕は気づいたんだ。『百聞は一見にしかず』の『一見』は、『チラ見』って意味じゃないってことに」

「入ってこないな。二反田くん、もっとフェスのMCみたいに頼む」

「僕はね! バレーボールなんて無理だって思っちゃってたんですよ! 体育の授業で『やらされる』だけの時間で、できっこないって思っちゃってたんですよ! でも、あんたがたはできるんだよ!『球技大会でクラスメイトに迷惑をかけたくない』って思いで、『主体的』に動画を見るだけでも、受け身の授業よりぜんぜんマシなんですよ! だからね、あんたがたはね、一回『バレーボール 初心者』で検索してみてください。それで世界は変わるから。ほんの少し変わるから。世界はそれを――」


 なんて煽ってみたところ、辺りの男子も巻きこんで盛り上がってしまった。

 ちょうど女子がバレーボールの試合中なので、応援歌だと思われたらしい。


「クソザコ文化部で運動部そねみ男子の二反田が、球技大会で努力するなんてな」


 八木が女子の試合を横目につぶやく。


「二反田くんが変わったのは、町野硯の影響か」


 坂本くんも女子バレーを見つつ、メガネをスチャった。


「そういうんじゃないけど、その通りではあるかな」


 コートでは、安楽寝さんが必死にボールを追いかけている。

 球技大会のヤンキーはサボるのがセオリーなのに、赤髪を乱して汗をかいている。


「おお、がんばれ伊緒! 勝ったらぼくが、よしよししてやろう」


 安楽寝さんは「くたばれアホメガネ!」と叫びつつ、ギリギリボールを拾った。

 けれど拾えただけで、ボールは自陣から遠ざかっていく。

 しかしボールが地面に着く寸前――町野さんが無理めの距離から飛びこんできた。


「さすがの町野さんも、あれは間にあわ――なにィ!?」


 八木が役目を自覚したように叫ぶ。

 町野さんはボールの落下地点に足を伸ばし、キックレシーブで相手コートの隅に返した。

 てん、とボールは床につき、体育館中を大歓声が包みこむ。


「イオちゃんナイスボレー! バスケ界の小野伸二!」


 種目がひとつもあってない言葉で、町野さんが安楽寝さんをたたえている。


「いまめっちゃ鳥肌立ったわ。スポーツマンガの敵モブみたいな『なにィ!?』出たわ」


 八木が自分の腕を、わしわしとこすった。


「あんなプレーをしておいて、町野硯は伊緒をほめるのか……」


 珍しく、坂本くんも声を失っている。


「町野さんを見てると、『たかが学校行事に本気になるなんてかっこ悪い』みたいな逆張りが一番かっこ悪いって、思い知らされるよね」


 だからクソザコ文化部でも、動画くらい見なきゃと思うわけで。


「町野さんはスゲェ。エースで、モチベーターで、顔もよくて、おまけにデッッッ……」


 八木が頬を染め、もごもごと口ごもった。


「今日の町野硯は、体操着にジャージを羽織ってないんだな……豊穣だな……」


 坂本くんも無表情ながら、メガネの下がほんのり赤い。

 町野さんは着痩せするタイプで、こういうときに男子の視線を集めてしまう。とはいえ八木も坂本くんも町野さんとは友だちなので、いろいろ悩ましいようだ。


「こうやってたまに見ると、久しぶりに会った親戚の子どもかってくらいデカいな。二反田はいつも、どう対応してるんだ。あれが目の前にあるとき」


 八木が悶々とした表情で尋ねてくる。


「……がんばって目をそらしてるよ。見られていると、わかるって言うし」

「町野さん、まあまあ無自覚だもんな……二反田の苦労が偲ばれるわ」


 女子との友情を維持したい男子の努力も、たまにはネットで話題にしてください。

 なんてすねている間に試合は終わり、みんなが女子チームの健闘をたたえていた。


「二反田、おつかれー。男子チーム惜しかったねー」


 自分たちのお祝いもそこそこに、町野さんが負けた僕たちをなぐさめてくれる。


「うん。あとは女子の応援をがんばるよ」

「わたし、まあまあがんばってるくない?」

「どころかMVPです」


 さっきのキックレシーブなんて、ガチャの確定演出みたいな迫力だった。


「じゃ、ジュースおごって。パックの安いやつでいいから」

「それはかまわないけど……」


 僕なんかがMVPを連れだしていいのかと、周囲の目を意識しつつ中庭の自販機前に移動する。意外と人がいなかったので、ジュースを買ってベンチに腰かけた。


「くぁー、生き返る。この一杯のために生きてるな!」


 パックのいちご牛乳を飲み、おじさん化する町野さん。

 僕はおじさんらしくない上半身から目をそらしつつ、気がかりを尋ねる。


「町野さん。休憩時間の話し相手、雪出さんとかじゃなくていいの?」

「二反田とのおしゃべりからしか得られない栄養もあるんだよ」

「あったとしても、カロリー低そう」

「鴨イン一風堂?」

「真逆に聞こえちゃったね。こってり二乗しちゃったね」

「ハロウィン肉フォー?」

「ベトナムの麺料理にお肉を足して、ハロウィンだからかぼちゃも入れてー……って、それもう山梨名物の『ほうとう』だよ!」


 こういうときの町野さんは、空腹の限界がきている。


「二反田成分は補充できたけど、胃がきゅるきゅるしてる」


 町野さんは口を「ω」の形にしつつも、力なく眉を下げた。


「いつものちくわは?」


 尋ねると、町野さんが周囲をうかがって声をひそめる。


「(試合の前に、三本もキメちゃった)」

「小声で言うと、ドーピングみたいになるから!」

「にたんだー。おなかが空いて、力が出ないよー」


 町野さんの顔が、両目は「+」で、口が波線になっている。


「じゃあ僕が、学食に行ってパン買ってくるよ。町野さんは体育館に戻ってて」

「ありがと。二反田はもちろん、俺が食べたいパンわかるよなー?」

「ヤンキーがパシリに言うやつ……でもまあわかるよ」


 僕は町野さんと別れ、学食へ走った。


 体育館に戻ると、ギリギリ試合が始まる前だった。


「まちパンマン、新しい顔よ!」


 僕は手にしたあんパンを、町野さんに向かって放り投げる。

 はたして正解だったようで、元気百倍の笑顔が返ってきた。

 場は大盛り上がりだったので、


「新しい顔が必要なのは濡れているときで、空腹でへたってるのはカバの子だけどね」


 なんて、水は差さずにおく。

 そのかいあってか女子チームは見事に勝利し、最終的には優勝した。


 それと引き換えに、僕はしばらく「ニタ子さん」と呼ばれるようになった。

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