続・ツッコミ待ちの町野さん
#33 後輩属性の町野さん
「今年も新入部員は、得られませんでしたっ……くっ」
放課後の部室で床にくずおれ、拳を握りしめて慟哭する。
我が校には、「全員部活所属」という校則がある。
しかし始業式を終えて一週間たっても、ドミノ部には見学者すら現れていない。
「ドミノのなにがだめなんだ……集まってわいわい並べるなんて青春ぽいのに」
そういうテレビ番組もあるし、ギネス記録を狙う企画だって多い。そこまで大規模でなくても、手軽に一体感を生みだせるイベントとして有用なはずだ。
「勝ち負けを競うわけじゃないから、時代にもあってると思うけどな……」
がっかりと肩を落としていると、部室の引き戸が開いた。
「かっふんしょーい!」
原因がわかるくしゃみと共に現れたのは、制服にジャージを羽織った女子生徒。
そういえば今日の授業中も、英語の先生に「ブレスユー」と何度も言われてたっけ。
「いらっしゃい、町野さん。花粉の時期は大変だね」
「本当だよ。確認したのに消えない通知バッジくらいイライラする」
「アプリの右上の数字ね。あれ地味に困るよね」
「目と鼻と口から水分奪われて死んじゃいそう。雨降らないかなー」
「地上に出ちゃったミミズの感想……申し訳ありませんでした」
消えない通知バッジを見る目を向けられ、僕は陳謝した。
「ところで二反田。さっき新入部員がどうのって言ってなかった?」
「聞かれてたんだ。今年もぼっち部な僕の嘆き」
「いいなー。うちとか新入部員多すぎて、『こんちゃッス』聞くだけで二時間かかるよ」
「一年生の総数越えてない?」
「二反田って、中学のときは帰宅部?」
「うん。だから人生で、先輩も後輩もいたことがなくて」
「わたし運動部育ちだから、ぜんぜん想像できないなー」
町野さんみたいな体育会系の人のコミュ力が高いのは、やっぱり築いた関係の多さにあると思う。文化部は基本どこも部員数が少ないし。
「運動部の人が言う『先輩がー』、『後輩がー』って感じ、正直うらやましいです」
ときには愚痴もあるけれど、それでもどこか「上下の関係を築けている自分」を誇っているようで、僕からするとけっこうまぶしい。
「じゃ、わたしが先輩か後輩やってあげるよ。どっちがいい?」
「望むところの後輩コントで」
「ちわー、先輩。相変わらず、冴えない顔っすねー」
「アッ……」
「なんでもじもじ? ここ『失礼な』って怒るとこっすよ」
それはなんというか、思わぬツボを押されてしまったからです。
「し、失礼な。僕は先輩だぞ」
「それは学校での話。ここでのキャリアは、わたしのほうが長いっす」
「また面妖な」
「いらっしゃいませー。ご利用は二時間ですね? こちらマイクです。ごゆっくりー」
「部活の後輩だと思ったら、カラオケボックスのバイトだった……」
早くも「望むところ」が潰えてしまったけれど、よく考えたら僕に後輩ができるチャンスはもうバイトくらいしかない。
「先輩、カウンターの清掃おなしゃーす」
「あ、了解です」
「終わったらA9号室に『ハリボー』を」
「ハニトーじゃなくて? カラオケの定番ってハニートーストだよね?」
「グミだと歌いながら食べられるんで」
「ハリボーを口に入れたまま歌うの、そこそこ縛りプレイじゃない?」
「『ハリボーを食べながら歌うと、逆に点数が伸びる? 検証してみた』って、しゃらくさいショート動画上げてあるっす」
「本当にしゃらくさい!」
「せんぱーい。『ポップコーン』の天ぷら揚げといてー」
「命の危険を感じるけど!?」
「サーセン。いまの『ぽっぷこぉン』はくしゃみっす。本当はちくわっす」
「僕の死因も花粉症になるところだった……」
「B5号室の抹茶オレは、プロテインシェイカーで出してくださいねー」
「……? ……マッチョ・オレだ! タンパク質とか配合されてないけど、ひと笑いが欲しいお客さんから割増料金をもらえるネタドリンクだ!」
「こういうの頼むお客さん、めちゃめちゃつまんないんでしょうね」
「店側がそれ言っちゃだめだよ」
「けっこう働きましたねー。先輩、一緒に休憩入りましょ」
「あ、うん。でも報告とか、しないでいいのかな」
「B5号室コンコン。てんちょー、わたしたち休憩入りますねー」
「めちゃめちゃつまんない人が店長!」
「ここがバックルームっす。どう、先輩。バイト楽しいっす?」
「後輩に先輩風を吹かされてややこしい……そうだね。町野さん教え上手だし」
「じゃあ帰りにラーメンかハーゲンおごってくださいよー」
「両方おごるよ」
あとそのふたつ並べると、スキンヘッドでメガネの人が浮かぶからやめて。
「先輩、めっちゃ優しいっすねー。わたしけっこうイラつく後輩ムーブしてるのに」
「イラつく後輩なんていないよ。ただのひとりもね」
なんて言うと、町野さんの口元が「T」を横にした感じになる。
「わたしFPSで負けたあと、『エンジョイ勢だし』って言いわけしちゃうんですよー」
「……町野さんらしくないね。でもメンタルケアは大事だよ」
「わたしSNSでリプ返するとき、文頭に相手の名前を入れて丁寧さと親しみやすさをアピールしちゃうんですよー」
「……見透かされてると思うけど、セルフプロデュースは必要だよね」
「なるほどですね!」
「……! ……! ……空っぽの言葉もコミュニケーションのうち」
「先輩、唇噛みしめすぎて血が出てますよ」
「これ後輩ムーブじゃなくて、僕の地雷探しじゃない?」
「後輩って、こういうことしてくるんですよ。かわいがられてる自覚があるから」
「たまには怒ったりしたほうがいいもの?」
「怒りかたがうまいと、わたしは二倍なつくっす」
「なるほど……こ、こら町野。あんまり先輩をからかうんじゃない」
「ふぁっくキっしょい!」
「くしゃみに擬態して、すごい悪口言ってない!?」
「バイトも終わったんで、駅まで一緒に帰りましょー」
「あ、うん。さすがに今日は疲れたよ」
「初バイトって緊張しますもんねー。どのタイミングでバックレようかって」
「初日から飛ぶつもりないよ!」
「でも先輩、ずっと目が死んでましたよ」
「死んでるのは表情筋なんだ。バイトは楽しかったよ」
「たしかにわたしと話してるときは、ちょっとニヤけてましたもんね」
「そんなこと、ないと思うけど……」
「じゃあVAR確認します? ほら、笑ってる」
「さらっと盗撮しないで!」
「盗撮じゃなくて、防犯カメラの映像っす。店長にもらいました」
「つまんない上に倫理観ゼロ! やっぱり辞めさせてもらいます!」
いにしえの漫才〆を言ったところで、町野さんの口が「ω」の形になる。
「ね。後輩がいたら、二反田ずっとイジられ続けるよ」
「そうなのかな。いまの後輩、口調以外はいつもの町野さんだったけど」
「わたし後輩属性だからねー。部活でも先輩になついてるし」
「僕は受け身体質だから、後輩ムーブは難しそう」
「じゃあわたしがいれば、後輩いなくてもいいね」
「それは……うーん……」
「わたしがいれば、後輩いなくてもいいっす?」
「はい」
町野さんが、少し不服そうに口を「3」の形にする。
「……今日だけね。それじゃ先輩、わたし部活行ってくるっす」
「うん。がんばって!」
手を振って町野さんを見送る僕は、たぶん満面の笑みだった。