天嬢天華生徒会プリフェイズ
7 その⑤
凰華の声がぼくの頭蓋にうつろに響く。
「ヴァーミリオン女子学舎に、その投資サイトが本物かどうか問い合わせたり、あるいはお知り合いに相談したりといったことはしませんでしたか?」
前橋友美は泣きそうな顔で首を振った。
しなかっただろう。できないような状況を選んで作ったのだから。
「ヴァーミリオンの人からは、報告以外で連絡をしないようにって言われていて。その、つまり、他に知られると困るから。知り合いにも、経緯を説明しづらくて」
「わかります。おつらかったでしょう」
傍で聞いていると、凰華の優しい寄り添いぶりは怖いくらいだった。
「わたしの責任でもあります。教育費用で余裕をなくされているご家庭へのケアが足りませんでした。学資援助を拡充いたします」
「そんな、会長に謝ってもらうようなことでは……」声はどんどん萎れていく。「私が情報を売るような真似をしたからで……あげくに詐欺に引っかかって、それなのに取り戻してくださって、ほんとうになんてお詫びを言えばいいか……」
前橋友美を駐車場まで送っていった後で、特別応接室に戻ってきた凰華はソファの竜胆の隣に腰を下ろし、ぱたりと上体を倒して竜胆の太腿に頭をあずけた。赤く燃え立つ髪がスカートの布地に広がって流れ落ちる。
「疲れました。竜胆、少し充電させてください」
「うん。お疲れ様」
竜胆は凰華の頭をなでる。
「こんな格好でお話しすることを許してください、先生。どうでしたか、わたし、ちゃんと演技できていましたか?」
身を横たえたまま凰華が訊いてくる。
「う、うん。大丈夫だったよ」
「私は今でもよくわかっていないのだが」
竜胆が膝の上の凰華と離れた場所のぼくの顔とを見比べて言う。
「要するにあの人から千何百万円だか騙し取ったのは凰華だってことなのか?」
「そうですよ。それをあたかも奪還してきたみたいに装って恩を売って、情報漏洩について打ち明けやすいようにしたんです」
大したものだ、とぼくは心底思う。堂々としている。
「あたしが投資サイトっぽいウェブページつくってるところ、りんどーも見てたでしょ」
アルテがあきれ気味に言う。
「あれがそうだったのか。アルテの作業はいつも専門的すぎてよくわからない」
今回は竜胆に頼む仕事がとくになかったので、詳しい説明もしていなかったのだ。
充電とやらが終わったのか、凰華は身を起こした。
顔色もずいぶんましになっている。
「ありがとう、竜胆。……内通者が生徒のご家族の方だったというのは、妙な言い方になりますけれど、安心しました。生徒当人ではなかったので」
「おーかはお人好しすぎ。裏切られてた証拠が見つかったのになんで安心してんの」
アルテは相変わらず辛辣だったが、ぼくとしては凰華の心情は理解できた。
「お人好しでないと王は務まりませんから」と凰華は笑う。「裏切った理由がお金だというところも安心しましたよ。お金で買われた心はお金で買い戻せます」
「たまねと真正面から財力勝負しなきゃいけないってことでしょ。ぜんぜん安心じゃない」
「財力ならもういくらでも勝てるんじゃないのか」
竜胆がふと言った。視線が集まる。
「だって、ほら、さっき前橋友美氏が言っていただろう。投資サイトからのお得情報が一回も外してなかったって。凰華の相場予想が百発百中ってことなんだろう? お金なんていくらでも稼げるじゃないか」
凰華はひとしきり笑い転げた後で咳払いをして姿勢を正した。
「うまく説明できるかどうか……。べつに市場の動きを予測していたわけじゃないんです」
竜胆が興味深げに凰華の方に向き直る。
そこでぼくは横から言った。
「ぼくが説明するよ」
凰華は目をしばたたいた。
「……それは、はい、先生に話していただけるなら、その方が」
詐欺を仕組んだのが凰華なのだと、竜胆に思ってほしくなかった。ぼくが話すべきだ。
「あの前橋さんが受け取った相場予想が全部的中してたのは、ええと、つまり、偶然なんだ」
竜胆は目を丸くする。
「偶然? 作戦なんかじゃなくて、たまたまうまくいったということなのか?」
「いや、作戦自体は偶然頼みじゃないんだ。FX投資詐欺なんかでは古典的なやり方なんだけど。たとえば米ドルを材料にするなら、引っかけたい人たちのうち半数に『今日はドル高になります』、もう半数に『今日はドル安になります』ってメールを出せば、半分は必ず予想的中するよね?」
アルテがあんぐりと口を開けた。今の説明だけでわかったのだろう。まだぴんときていない様子の竜胆にぼくは説明を続ける。
「そうしたら次の日は、その的中した相手にだけメールを出す。また半分に『ドル高』、もう半分には『ドル安』って書くんだ。そしたらまた半分は必ず的中。三日目も四日目も同じことをする。メールを出す相手は一日ごとに半減してくけど、連勝は続くことになる。受け取る側からは『外れ』が見えないから、必勝の秘訣があるのだと勘違いする」