天嬢天華生徒会プリフェイズ
6 その⑦
「まだかな」「いつも二時くらいじゃない?」
入ってきたのは三人の女子生徒たちだった。私服だったけれど顔になんとなく見憶えがあるので寮生だとわかる。たぶん、実家が天涯領外にある子たちだろう。いくら人気が少なくなるからといって完全に無人なわけではないのだ。ぼくは緊張が顔に出ないように苦労しながら会釈した。
「あ、こんにちは」
「ええと、生徒会の」
みんな、ぼくの名前は思い出せないけれど生徒会関係者だということは知っているようだった。それくらいの塩梅がちょうどいいのかもしれない。
女の子たちは時価総額一覧の張り紙を見上げて気安く話しかけてくる。
「すごいですよね、アルテさまと副会長!」
「銭滅の査定額もまた上がったってほんとですか?」
こっそり部屋を出ていくわけにもいかなくなった。
「……ええと、まあ。……そのへんは、本人の許可無く喋るわけにはいかなくて」
「あっ、そうか。そうですよね。ごめんなさい」
謝らせるつもりはなかったので、こっちが焦ってしまう。ぼくはあわてて言い繕った。
「いや、その、ほんとは話しても全然かまわないことなのかもしれないけど、天涯には来たばかりで詳しくなくて、念のため」
「いいえ! あたしが無神経でした!」
「値動き見ればだいたいわかるしね、査定額も」
べつの一人が一覧表を指さして言う。
そこでぼくは気になっていたことを訊いてみた。
「これ、なんでここにでっかく掲示されてるんでしょうか」
敬語でいいのかな、と少し迷った。こちらが歳上とはいっても右も左もわからない新入りなのだし、タメ口は変だよな。
女子生徒の一人が答える。
「あ、これは会長が言い出したの」
凰華が? ぼくは目を丸くする。彼女たちは顔を見合わせた。
「競争意識持ってもらうため、だっけ?」
「あとは自分たちの市場価値について考えてほしい、とかそういう理由」
意外だった。凰華の口ぶりは、いかにも卒権に対して冷淡だったのに。あれは自分が有価証券として見なしていない、というだけで、世間に通用していることは肯定するわけか。
「ネットでも調べられるんだけど、学舎内ランキングで見たいし」
「週一で張り替えられるんですよ。日曜日の午後。そろそろだと思って」
「一度くらいランクインできないかな」
「上位陣けっこう下がってきてるからひょっとしたら」
「うちらも一緒に下がってるでしょ」
「あはは」
三人が談笑していると、談話室のドアが開いた。寮母さんだった。脚立を肩に担ぎ、もう片方の手に巻いた紙を持っている。
「あら、こんにちは。ちょっとそこいい? 今週のに張り替えるから」
「あっ、お願いします!」
「早く見たくて待ってたんです」
寮母さんが貼り終えた今週の卒権時価総額ランキングを見て、ぼくを含むその場の全員が息を呑んで固まった。
ランキングに大きな変動があったわけではない。一位がアルテミシア、二位が竜胆、三位以下もだいたい同じ顔ぶれだ。金額もさほど動いてはいない。
問題はそこではなかった。筆頭権主の欄だ。
一位と二位を除き、すべて同じ名前で埋まっていたのである。
――《紫顕宮珠音》。