天嬢天華生徒会プリフェイズ

6 その②

 いきなり注目が集まり、眼鏡がずり落ちそうになる。


「緋奈乃の? ええと、その」

「緋奈乃さんにはこの半月間、スパイを引き寄せる囮役になってもらい、生徒会顧問について探りを入れてくる人たちの会話を録音してもらったわけですけれど」


 緋奈乃のブレザーの胸ポケットには小型ながら大容量のレコーダーがずっと差しっぱなしにしてあるのだ。


「一部を聴いてみましょう」


 凰華はデスクからノートPCを持ってきてガラステーブルの中央に置くと、卓上スピーカーにつないでファイルを操作した。

 雑音混じりの人の声が流れ出す。


『――って聞いたんだけどあなた生徒会のスタッフだっけ? なにか知らない? リリース出てないんだよね?』

『緋奈乃が四月から新しく採用された庶務です。特に発表とかは……』

『いや、お手伝いさんのことじゃなくて生徒会の正式メンバーの話。おとなっぽい人らしいしあなたのことじゃなくて』

『ですから緋奈乃が――』


 ぶつり。凰華は再生を停め、別のファイルに移る。


『――はどうなんですか、凰華会長はかなり執行部まわりの人事に慎重ですけど、政権発足からもう二年ということで顧問招聘の動きがあると』

『いえ、そういうのはないです。あと、緋奈乃はわりと気軽な感じで採用されたから慎重ということもないんじゃ……』

『庶務は気軽に選ぶでしょうけど、役員や顧問なら――』


 ぶつり。次のファイル。


『――そこ詳しく知りたいんだけど顧問教師ってどんな男なの? 会長って明らかに役員を顔で選んでるよね? 顧問うらやましすぎるんだけど、立候補とかできないの? ていうかきみもかなり可愛いよね放課後時間ある? 俺もさぁ――』


 ぶつり。


「最後のなんて性犯罪じゃないですかッ」


 凰華は憤った。


「わたしのかわいい緋奈乃さんにいやらしい目を向けて……先生もどうして黙って聞いていたんですか、口もきけなくなるくらい叩きのめしていいんですよ!」

「いや、ぼくは目立っちゃだめなんだろ」

「あっ……そ、そうでした、けど……」


 咳払いの後で凰華はノートPCを脇にどけて一同を見回す。


「とにかく、緋奈乃さんという餌には想定以上にたくさんの虫たちが寄り集まってきたということになります」


「狙い通りじゃないか。なにか問題があるのか」と竜胆。


「はい。だれも緋奈乃さんが執行部役員だと認識してくれないんです……」


 そうなのだ。もとより生徒会室には役員以外の生徒もヘルプとして大勢出入りしていることもあり、また庶務という役職名の軽さのせいもおそらくあり、だれひとりとして役員として見てくれない。


「『新任庶務』に注目を集めることで『新任顧問』からは目をそらさせる、という作戦だったのですけれど、このままだと先生のカモフラージュ役をこなせません」


 その作戦自体が机上の空論という気がする。


「ひなのはキャラが薄いからでしょ」とアルテが横目で見ながら言う。「役員としてはもう全然だめだめ。もっとがんばらないと」


「アルテちゃん、ご本人の前で言うことでは――」

「本人の前だから言ってるんでしょ!」


「ううん……」と凰華は思案顔で向き直る。「ご自分ではどうお考えですか?」


「緋奈乃は、ええと……たしかに、ちょっと特徴が薄いかな、とは……」


 しかしだからといってどうすればいいんだよ、とぼくは彼女の隣で途方に暮れる。


「髪型変えてみたら」


 アルテはそう言ってソファから立ち上がり、背後に回って、緋奈乃のトレードマークともいえる太い三つ編みをほどき始めた。


「ひゃうぅ」


 くすぐったさのせいか、変な声が漏れる。


「どんな髪型にするんだ」と竜胆がわくわくした顔でアルテのそばに寄る。「私とおそろいで一本に結うのはどうだろう」


「キャラ立てるためなのにりんどーと髪型かぶせてどうすんの」

「まず緋奈乃さんをどういうキャラとしてアピールするか考えてからでないといけません。緋奈乃さんは模試全国一位の秀才で、おとなしくて、お淑やかで、知的で、風紀に厳しくて、身持ちが堅くて、それを的確に表現する髪型となると……」


 凰華は横から口も出して手も出し、あっという間に髪をまとめてしまった。


「三つ編みです!」

「元に戻しただけじゃん。なにしてんのおーか」

「そうですね……でも緋奈乃さんはやっぱりこれがいちばん可愛いですし……」


 今の無駄な時間はなんだったの?

 その後もしばらく緋奈乃のキャラをどうやって立てるのかの議論が続いた。ファンがいるわけでもないのにファンクラブを設立したらどうかなんて話まで出てきて、ぼくとしては突っ込み方もよくわからない。


「じゃあもう卒権そつけんを売り出してみたら。すごい話題になるでしょ」


 アルテが言ったとたん、凰華も竜胆も苦い顔になる。


「それはたしかに、瞬間的に目立ちはしますけれど」

「私は卒権はどうも信用できない」


「そつけん? ってなに」とぼくは質問を挟んだ。


「卒業パーティ参加権のことです。ちょっと説明が難しいのですけれど……」


 凰華は当たり前みたいな顔でぼくの隣に座った。


「生徒が卒業時に自分でパーソナル卒業パーティを開くことがあります。その参加権が、売りに出されるんです」

「……ん?」


 よくわからなかった。パーソナル卒業パーティ?


「卒業生がみんなで集まってやるパーティではなくて、特定の卒業生ひとりを支援者で囲んでやるパーティです。業績が見込める優秀な生徒だと、卒業後のコネクションを目当てにお金を払ってでもっていう人たちが集まるんです」

「はぁ。変なシステムだね。買う人いるんだ……」

「実質的には『資金集め』ですね。実際にパーティでどうこうするというよりも、資金援助をしたという事実そのものが重要になってきます。さらにいうとこの卒権、有価証券の一種として扱われるので市場で取引されます」

「はっ? ……ええと、つまり、値動きがあるの?」

「はい。その生徒の成績や活躍に応じて。たとえばアルテちゃんの卒権は三年前に売りに出されましたけれど、今は八十倍くらいの値になっているはずです」


 三年で八十倍。バブル株も裸足で逃げ出す爆騰ぶりだ。

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