天嬢天華生徒会プリフェイズ

3 その⑤

 お茶の用意ができたので、生徒会役員の四人がソファテーブルを囲んで座る。ダージリンの品良く澄ました香りが部屋に満ちる。皿や盆にはケーキ、クッキー、果物が満載されている。しかしぼくとしてはまだ混乱のさなかで、おやつを楽しむどころではなかった。


「学舎を営利団体として見たとき、提供する主商品は『卒業生』です」


 カップを優雅に傾けて凰華は説明を続ける。


「学校は教育の場なのですから、生み出す価値というのも当然、『育てた人材』ということになります。言葉は少し悪いですけれど、新入生というのは加工前の材料なわけです。材料を仕入れるときにはこちらがお金を払いますよね」


 ぼくは渋い顔をして黙り込むしかなかった。

 理屈は――まあ、わかる。でもそれ成り立つの?

 成り立ってるから学園が存続してて、ぼくももったいないくらいの給料をもらえるわけか。


「せんせーは頭が日本人すぎ。早く天涯人になって」

「あ、はい、すみません……」


 日本じゃない、というのは気を抜くとすぐに忘れてしまう。

 いやでもまだわからないことがいっぱいあるぞ。


「卒業生で利益を、って、企業に就職斡旋してマージンをもらう、とかそういう?」

「それも一例としてあります。進学先の大学からいただくこともありますよ。斡旋するまでもなく研究機関から卒業後の交渉権をくれと言ってくることもあります。もちろん大多数の生徒はそんなふうに『売れる』ことはなく、ごく普通に卒業していきます。教育の本質は未来への投資ですから、つまりはギャンブルです」


 そう言って凰華は見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべ、シフォンを頬張った。

 教育は――賭けである。

 この学園の芯にある熱に、ぼくはそのとき触れた気がした。

 なんとか紅茶を嗜むだけの心の余裕が出てきたぼくは、カップに口をつける。

 来たばかりの頃はまったくのワンダーランドだったこの天涯学園も、ギャンブル――という観点から見直してみると、成り立ちや仕組みがいくらか理解できる気がする。

 ただ、わかる領域が増えれば、その周辺にあるわからない部分もさらに増えていく。


「……お金払う側にとってもギャンブル過ぎない? 卒業生って十八歳だよね。どんだけ成績すごくても、将来ちゃんと稼げる人材になるかどうかはわからないんじゃ」


 凰華はカップを皿に戻してうなずいた。


「まさにその点が学園の急所であり、誇りであり、暗部でもあります」

「……それは、どういう」

「説明してわかっていただけるかどうか」


 凰華が口ごもり、思案しはじめたそのときだった。生徒会室の出入り口の大きな両開きの扉にノックの音がした。ぼくは身を固くする。

 部屋に入ってきたのは、異様な一団だった。


「ああ、噂をすれば――ですね」と凰華がつぶやいた。


 頭からすっぽりと全身を覆う、純白のローブ姿。前の合わせ目からのぞいているのは漆黒のセーラー服だ。顔も頭巾の陰に隠れてほとんど見えないけれど、口元のあたりからして、十代くらいのようだ。まったく同じ装いの少女が、五人。足音を立てずにぼくらのいるソファセットへと近づいてくる。


銭滅機関せんめつきかん、東南管区第十六調査団です。失礼いたします、会長」


 先頭の白ローブがくぐもった声でそう言った。声色もやはり少女のものだ。


「ご苦労様です」と凰華が立ち上がって応対する。


「七星アルテミシア様の今月の査定に参りました」


 呼ばれたアルテがむすっとした顔で立ち上がる。


「じゃ、ちょっと外すけど。ぜったいに部屋に入ってこないでね! あとあたしの分のおやつ残しておいて!」


 白ローブ衆をぞろぞろ引き連れてアルテは生徒会室奥のドアに姿を消した。最後尾の一人だけがドアの手前に残り、半身に構えて立つ。見張り――だろうか。

 室内の空気がいっぺんで重たくなり、ぼくは凰華の横顔をちらと窺った。説明を求めたかったけれど、生徒会役員以外の人間が部屋にいるのだ。迂闊に喋れない。


「あの人たち、だれですか。緋奈乃、はじめて見ます。……どこかの生徒さん?」

「緋奈乃さんは編入してきたばかりだから見たことがありませんでしたね。あの方々は、銭滅機関といって、生徒の値付けをする専門組織です」


 新人庶務の緋奈乃に説明する――という体で、凰華はぼくに教えてくれる。

 生徒の値付け。


「詳細は王家の者でさえ把握していません。天涯学園そのものよりも古い歴史を持つという話も聞いたことがあります。定期的に生徒をスカウトして調査員として育成しているらしいのですけれど、採用基準も不明。なにより不可解なのは、その圧倒的な情報収集能力です。とにかく調査対象を過去から未来まで完全に丸裸にしてしまうんです」

「そう、私も丸裸に――」


 竜胆が言いかけ、ふと思いついたみたいな顔になってブレザーをするりと脱ぎ捨てて首のリボンを抜き取りボタンも下着が見えるあたりまで外したのでぼくは泡を食って彼女の腕をつかもうとした。


「はっ」竜胆は自分で我に返って手を止め、ボタンをつけなおす。「危なかった。役員以外の人間がいるのに脱ぐところだった……」


 いや役員だけでも脱いじゃだめだからねっ?


「中等部時代、私も調査対象にされたことがあったのだが」と竜胆はリボンを締め直しながら部屋の隅の調査員にちらちら視線を流して言う。「その年の全学柔術大会の戦績を完全予測されたんだ。二回連続四位、その後は三連覇。ぴったり的中だった。怖かったな、あれは」


「だから銭滅機関の値付けはとても信頼されているんです」と凰華。「企業もその値付けを元にして生徒に投資します。なにをどうやって調査しているのか、まったくわかりません。中立性維持のため、生徒会は一切不干渉なんです」


 信用格付け会社みたいなものか。それにしてもあのコスチュームは一体なんなんだ。変な宗教かと思ったじゃないか。


「……緋奈乃のことも調べられちゃうんですか」

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