天嬢天華生徒会プリフェイズ

2 その⑤

「かつて、天涯学園では学舎ごとに生徒会がありました。生徒の自主性を重んじるのであれば当然のこと――だったのでしょうけれど、弊害も多かった。折衝に時間がかかりすぎて、法案がようやく通ったときには発議者がとっくに卒業していた、なんてケースがしょっちゅうだったそうです」


 数百の学校、数十万の生徒。意思統一なんてとても無理だろう。少年少女にはやりたいことがあふれるほどにあるし、青春はあまりにも短い。


「幾度かの抗争を経て、全学の生徒会はひとつに――」


「抗争……?」物騒な単語が出てきたけれど、もののたとえだよな?


「色々と遠慮しない校風なので。あ、でも、最後の方は代表者を立てて種目とルールを決めて勝負、という形にしていたようです」


 ってことは最初はほんとに暴力沙汰だったってことかよ。


「ともかく、このときに設立されたのが、天涯学園大統一生徒会。それ以外は生徒会を名乗ることが一切禁止されたんです。学園の全権が一人の生徒会長に集約されました」

「じゃあ、みんなが会長って呼んでたってことは、凰華が、その」

「はい。わたしが今の学園の元首です」


 元首とはまた大げさな言い方だったけれど、事実上の独立国で生徒が運営しているとなると間違いでもないのか。


「こんだけでかい学校だと生徒会選挙も大変そうだね……」

「あ、選挙はしません。生徒会長は世襲です」


 ぼくは目を見開いた。世襲? 生徒会長が? そんな学校聞いたことないけど?


「実際にわたしの母は七代前の生徒会長でしたし」

「ええええ……生徒会長が世襲って無理がない? だって代替わりのペースがさ」


 いちばん任期が長いと想定されるケースで、初等部一年生の時点で会長になれたとしても、十二年だ。


「はい。ですから天涯学園には《二天六宮》といって王家が八つあるんです。学園創設者の家系がそれぞれ枝分かれしたもので、王家どうしでもしょっちゅう結婚や養子縁組があるので、全部親戚なのですけれど」

「徳川将軍家みたいだな……」

「はい、まさにそんな感じです! 生徒会長が卒業するときは、二天六宮の同窓会が、在学中の王家の子女の中から次期生徒会長を選びます」


 なんかのSF小説で宇宙帝国の皇帝を決めるための制度がそういう長老たちの合議だった気がする。王国だの王族だのと凰華が何度も言っていたのは、まんざら誇張表現でもなかったわけだ。


「じゃあ、天祿院さんは先輩たちに認められた、正真正銘の生徒会長なんだね」


 いつものように自信満々にうなずくかと思いきや、凰華は「そうなのですけれど」と声を落とした。


「卒業生に認められただけでは不十分なんです。在学中の、すべての王家当主に権威を認めさせなければ真の王とは呼べません」

「認めさせる、って、どうやって」

「双方が納得する形であれば、手段は問われません。歴史上、全王家を屈服させて完全戴冠を成し遂げた生徒会長は三人しかいないのですけれど、その三人ともがとにかくストレートに腕っぷしがものすごかったそうです」


 武力、かよ。わかりやすいけど。

 いや、ちょっと待て。


「ぼくに戦い方を教えてほしいって、そういうこと? いや全然無理だよ? ぼく見てわかるよね、喧嘩なんて男子中学生にも負ける自信あるよ?」


「ごめんなさい、誤解させるようなこと話して」と凰華は笑う。「わたしも暴力はからっきしですし、自分に合ったやり方を選びます」


 内心安堵する。


「それに、わたしの王としての最終目標に暴力はそぐわないですし」

「最終目標って」

「天涯学園の、国家としての完全な独立です」


 凰華は遠い目になる。すぐそばにいるぼくを、見ていない。

 この娘は一体なにを望んでいるのだろう。完全な独立? 今のままでじゅうぶん独立しているようなものじゃないのか? パスポートも要るし、地理的にも隔絶されているし、警察なみの実力行使組織も動かせるようだし、日本国内とはちがう独自のルールがあるみたいだし。


「先生は、独立国家の要件はなんだとお考えですか」


 ぼくはしばし言葉に詰まった。

 政治経済は専攻ではない。しかしいやしくも教職に就こうという人間が、これくらいの質問にちゃんと答えられないようでは恥ずかしい。


「……ええと。主権が国際的に認められてること――かな」


 凰華はほほえんでうなずく。


「社会科のテストなら模範解答だと思います。でもその解答は、これから独立国家を建てようとする者にとってはなんの役にも立ちません。主権というのは原因ではなく結果だからです。主権があるから独立国家なのではなく、独立しているから主権があるのです」


 なんでぼくは十代の女の子にこんな話を聞かされているのだろう――という思いと、いま彼女はとても大切なことを打ち明けているのだから受け止めなくては――という思いがぼくの中で半ばする。


「つまり主権というのは独立を言い換えただけのトートロジーです。わたしたちが必要としているのはもっと具体的なものです。これ以上なにを成せば天涯学園は日本国という軛から解き放たれて世界に向かって歩き出せるのか……」


 そこで凰華は言葉を切り、ブレザーの胸ポケットからなにかを取り出した。

 折り畳まれたその紙片を、広げてみせる。


「わたしのたどり着いた答えはこれです」

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