天嬢天華生徒会プリフェイズ

1 その③

 無数の視線がぼくに突き立てられる。なんで? 爆発物? ぼくのバッグに?

 だれかがぼくの耳元でがなり立てる。もう言葉の意味を聴き取れない。警報音がさらに高まって鼓膜をずたずたにする。ぼくは警備員の手でゲートの向こう側に引きずり出された。カウンターに腰骨をしたたかにぶつける。


「指示に従って外に出てください!」

「押さないで! 並んで!」


 誘導する警備員たちの悲鳴に近い声が響く。遅まきながら事態を把握した旅客たちがぼくの方を見て怯えながら遠巻きに後ずさっていく。

 と、そのとき――

 激しい噴出音がすぐ近くで聞こえた。

 見ると、検査カウンターの上にのったぼくのボストンバッグから灰色に濁った煙があふれ出している。


「逃げッ――」

「爆発するぞッ」


 検査係が身を低くして脚をもつれさせながら走り出す。警備員たちもぼくの腕をちぎれそうなほど強く引いてゲートから遠ざかろうとする。

 ちょうど隣のゲートのそばで荷物運搬用のカートを押していた一般客らしき男性が、わけのわからない奇声を張り上げながらボストンバッグに飛びついた。カートに積まれた荷物の上にバッグをのせて渾身の力で蹴り飛ばす。

 カートは煙を撒き散らしながら駅の方へと滑っていく。


「あんた無茶すんなッ」

「早く避難してください!」


 警備員が金切り声をあげ、その男性も這うようにしてロビーの出口に向かって走った。さらにいくつも重なる怒声とサイレンの音を、昂ぶるぼくの動悸が圧し潰す……



 ぼくが連行されたのは、巨大なロータリーを挟んで駅と向かい合ったビルのうちのひとつだった。なんとかかんとか警備部、という表記がビル入り口の案内板に出ていた気がするけれど、屈強な警備員四人がかりで前後左右をがっちり固められていたのでよく見えなかった。

 二階の一室に連れ込まれる。ロッカーと長机とパイプ椅子だけの殺風景な部屋だ。窓からは駅前の様子が一望できる。駅舎のガラス張りの広いエントランスには立ち入り禁止の黄色いテープが渡され、大勢の野次馬たちが遠巻きになり、警備員の制服や消防服の背中が人垣の間に見え隠れしている。サイレンはさっきからずっと鳴りっぱなしだ。

 警備員のうち一人が窓際に立つ。

 もう一人は唯一の出入り口のドアをふさぐ位置、あとの二人はぼくを左右から挟むようにして椅子に座らせる。

 やや遅れて部屋に入ってきたのは、ワイシャツ姿のよく日焼けしたごま塩頭の男だった。胸の写真付きの名札には『警備長』とある。長机の向かい側に腰を下ろしてぼくをじろじろねめつけてきた。


「で、あらためて話を聞きましょうか」


 敵意たっぷりの口調で警備長は言った。


「ものが入ってたのはおたくの持ってきた鞄で間違いないですね?」

「そっ、そうですけど、でもぼくはあんなの知らないです、預けてる間にだれかが」

「おたく、いつもそんな喋り方なんですか? いい大人が……ほんとに二十六歳?」


 警備長は眉根を寄せてパスポートとぼくの顔を何度も見比べる。


「新任教員だって言ってましたね。学舎はどこです?」

「え?」

「雇用者はどの学舎のだれなのかって訊いてるんです」


 質問の意味もよくわからなかった。


「ええと、エージェントに任せてて……行けばわかる、って。とにかく天涯学園に勤めるので学園側に確認してもらえばわかります」

「学園、てだけじゃわかんないわけですよ。ほんとに教師なのかわかったもんじゃない。どこの学舎かも知らないなんてあり得ない」


 背中から汗が噴き出す。

 どうしよう。むちゃくちゃ疑われてる。このまま根掘り葉掘り訊かれて、あれこれ調べられるのだろうか。就職できたと思ったら初日から犯罪者? 最悪だ。そんなことになったらもうまともな仕事にありつけるチャンスなんて二度とない。とにかくぼくは無実なんだからちゃんと説明しなければ、と思うのだけれど、就職先のことをろくに知らないせいで質問にまともに答えられず疑いの視線がどんどん険しくなっていく。


「まあ、うちは取り調べをするところじゃないんでね」と警備長はこめかみを掻く。「保安局に引き渡しますので言いたいことがあったらそっちで言ってください」


 保安局ってなんだ? 警察?


「ここで正直に話してくれた方がありがたいんですがね。ものがなんだったのかとか、目的とかね。まだ爆発はしてないようですが、詳しいことがわからんと対応しようも――」

「いやっ、待ってください、だからぼくはなんにも」

「言い訳なら保安局で」


 そのときだった。ドアの向こうがにわかに騒がしくなる。


「――会長? いや、ちょっとお待ちください、今は」


 あわてた声が聞こえ、足音がドアの前で止まった。入り口をふさいでいた警備員の一人も振り返る。

 ノブが回った。

 ドアが開き、制服姿の少女が部屋に入ってきた瞬間、室内の空気がみんな薫り高く揮発したような錯覚が襲ってきた。

 燃え立つ伽羅色の髪にふちどられたその美貌はなんだか直視することが許されないのではないかと思わせるほどで、ただ、地上の太陽ともいうべき圧倒的で暴力的な彼女の麗しさを一点だけ汚しているものがあった。首に革製のベルトを締めているのだ。

 首輪――だ。飼い犬がつけているような。

 警備長が顔を引きつらせて立ち上がった。他の警備員たちとともに、一斉にその少女に向かって軍隊式の敬礼をする。


「会長、こちらは」と警備長はぼくに視線をちらと走らせて緊張した口調で言う。「爆発物を持ち込んだと思われる被疑者でして危険ですので外に――」


 会長、と呼ばれたその少女は警備長を無視してぼくに視線を向けてきた。その顔がぱあっと輝く。


「先生っ」


 声を弾ませ、駆け寄ってきた彼女はぼくの手をいきなり握って床に膝をついた。

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