ブギーポップ・ナイトメア 悪夢と踊るな子供たち

Introduction

『人生にはしょせん〈悪夢〉と〈夢〉しかない。気づいたら思い通りにならない環境に放り出されている〈悪夢〉の中で、そこで〈夢〉を持って努力を重ねても、果てには結局なにも残らない。生きる目的、生きている世界、そのズレだけが人間のすべてだ』


 ──霧間誠一〈夢みる悪夢〉






「雨が降っているんです」


 その少年は水乃星みなほし透子すいこに言う。


「それはいつだって、僕らの〝未来〟と深く関わっているんです。僕らが〝雨〟を感じて、制御できなければおそらく──」


 少年が言い淀むと、透子は、


「おそらく、世界が終わる、かしら?」


 と補足した。少年は驚いて、


「そ、そうなんです、わかるんですか、あなたにも?」


 と透子に詰め寄るが、彼女は穏やかに微笑んで、


「いいえ、ちっとも。あなたの能力──〈サンタ・クララ〉だっけ? それがなんなのか、私にはさっぱり理解不能よ。認識の外、って感じ。たぶん私の〈ストレインジ・デイズ〉とは根本から異なるんでしょうね。相性が悪いのよ、私たちは」


 とはっきり否定した。少年はみるみる落胆し、それでもすがるように、


「そ、そうなんですか──でも僕は、共通するものもあると思うんです。僕に〝未来〟が視えるように、あなたは〝死〟が感知できるわけだし──」


 と言い寄ってきた。透子は笑ったまま、


「きっと、そこが決定的なんでしょ。あなたが視ているものは、私にはもう〝終わること〟に過ぎないから。あなたの能力でどうこうできることがなくなった後から、私の思考は始まっているのだから。あなたから見たら私は〝無力〟だし、私からだとあなたは〝無意味〟になってしまう──でも、あなたが真面目で真摯で一生懸命なのは、わかるよ、うん」

「だったら──力を貸してください。僕にはあなたのような仲間が必要なんです」


 彼の必死の懇願にも、透子は涼しい顔で、


「あなたに必要なのはきっと、仲間ではなく〝家族〟よ」


 と、あくまで彼の発言を受け入れようとしない。少年は困惑したように、


「でも、僕の家族なんかは、とっくに──」


 と首を横に振りかけるが、そこに透子は、


「だから──新しく家族を見つければいい。世界中には、あなたに似た子供たちがきっと大勢いる。その子たちとあなたとで、これまでのような相容れない血族ではない、ほんとうの結びつきのある、共感し合える家族を作ればいい。あなたに必要なのはそれ」

「……そこに、あなたは入っていないんですね」

「残念ながらね」

「でも、僕にはあなたのような世界中をカバーできるほどの広い感覚はありません。どうやってその子たちを見つければいいのか……」


 彼が途方に暮れていると、透子はうなずいて、


「じゃあ、協力してくれる組織を紹介してあげよっか。そうね──統和機構、とかどうかしら?」

「機構、ですか?」

「ちょっと面白い知り合いがいるから、そのツテでね」

「大丈夫ですか。僕ら能力者は、いつだって一般人に迫害される危険があるのに」

「それはどうしようもない。リスクとして受け入れるしかない。そもそもフツーの人たちだって、いつだって他人から排斥されるかもって恐怖の中で生きてんだから、ね」

「覚悟を決めろ、ですか……わかりました。やってみます」

「がんばってね」

「ありがとう。あなたから見たら、僕のやろうとしていることなんてそれこそ無意味なんでしょうけど……」

「意味のあることなんて、この世にはひとつもないのよ、実際は」


 透子は何の躊躇も容赦もなく、言い放った。少年が気圧されて、少し黙ってしまうと、彼女は続けて、


「あなたの信じたい〝未来〟も、私の〝突破〟も、どちらも同じくらいに無力──世界にある凡百の〝悪夢〟と変わらない。無数に転がっている可能性の中で、何が生き残るかはただの運──もしくは、その〝雨〟を降らせている天のむこうの、誰かさんの気まぐれ。私たちは無意味な悪夢の中で生きている。それは形にならず、ぼんやりと嫌な感じがするくせに、でも決定的に寝覚めが悪くて覚醒することもできない──それをすぱっ、と断ち切ってくれる者がいるとしたら、それはきっと死神だけ」

「……死神、ですか?」

「そう──ブギーポップ、っていうの。素敵だと思わない? そいつはそのひとがどんなにあがき苦しんでいたとしても、人生で一番美しく輝いている瞬間に、それ以上醜くなる前に、悪夢ごと断ち切ってくれる──ふふっ」


 透子はうっとりとした眼を天に向けながらも、最後にばっさりと、


「まあ──そいつは私のことはすぱっと殺してくれないんだけどね、結局」


 と投げやりに言い捨てた。


 この少年──玖良々くらら東梨とうりが統和機構の内部で、その同志である〈サンタ・クララの子供たち〉もろともに、最強フォルテッシモに虐殺されることになるのは、この六年後のことになる。

 しかし──彼がこだわった〝雨〟こと〈パープル・レイン〉の悪夢は──それからさらに数年後になって、やっと始まるのだった。

 それはまだまだ未熟な二人の、幼く稚い恋人たちの未来を傷つけることになる──。


 


 


 


 


 Boogiepop Nightmare

 悪夢と踊るな子供たち

 "There Will Come Purple Rain"

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