続・ツッコミ待ちの町野さん
#48 サンタを信じた町野さん
男子高校生、ハマったものを布教するとき周り見えないがち。
「『紅ユキ』なのに見た目が真っ白で、『紅』要素ねーなって思うだろ? だから『粉ユキ』たちが理由を考察して――『粉ユキ』ってのは、ユキちーリスナーの総称な」
八木は部室の椅子に逆向きに座り、ぺらぺらとしゃべり続けている。
「知ってるよ。僕も粉ユキだし」
ドミノを並べつつそう答えたけれど、八木はぜんぜん聞いてない。
「ユキちーは歌配信を断固拒否してんだけどさ。恥ずかしいからって。それがヒントだったんだよ。まずユキちーって呼び名が『諭吉』、つまり昔の一万円に関係している」
「陰謀論みたいなこじつけ」
「スパチャは一万円から色が赤になるだろ。死ぬほど赤スパを投げたら、ユキちーも歌配信をしてくれるってメッセージさ。そこで一曲目が『紅蓮華』だったら、胸アツだべ?」
「まんま『紅』っていう、昔のバンドの曲があるよ」
「だから二反田も見ようぜ。ユキちーの配信」
「リアタイして、コメントもしてるよ。雪出さんに直接感想も伝えてるよ」
「は? なんで雪出さんが出てくるんだよ。ユキちーと関係ないだろ」
八木は、めちゃくちゃむっとしている。
「……ごめん。聴いてないと思って適当に言っちゃった。ついでに雪出さんは最近どう?」
「んだよそれ。雪出さんは別に……まあ最近は、感じが変わったな」
「ほうほう」
「髪が伸びて見た目もだが、中身がスゲェ明るくなった。楽しいな。一緒にいて」
八木が鼻の下をこすったタイミングで、部室の引き戸が開いた。
「ベニちゃんが変わったのは、カリスマ陽キャ――わたしの影響だね!」
くわえちくわで現れた、ポニーテールの夏服女子。
カリスマ感を出したいのか、腰をくいくいキレよく踊っている。
「いらっしゃい、町野さん。それ影響与えてない人が言うボケだよ」
トークもろもろの影響をSちゃんに受けていると、昨夜の配信でも言っていたし。
「ささやかれたーい!」
「なんだなんだ」
「こんな風にチャラく見えるけど、泳ぐ量は人一倍だし、結果もまあまあ出してるし、町野さんけっこう努力家だぜって、まことしやかにささやかれたーい!」
言って、ちらりと八木を見る町野さん。
「……なるほどな。町野さんは、自分の悪口を小耳にはさんだわけか」
「さっすが空気が読める木の実。八木ちゃんも聞いてる?」
「いいや。でも耳にしたら、まことしやかっとくわ。期待していいぜ」
「助かるー。ありがとね、八木ちゃん」
「町野さんには、いろいろ世話になってるからな。んじゃ、俺は部活に行くとするか」
八木が立ち上がり、ひらひらと手を振って出ていった。
「えっと……町野さん、大丈夫?」
自分の陰口を聞くなんて、僕なら二年は立ち直れない。
「ぜーんぜん平気。サンタがいないって知ったときと同じだよ」
「それ超えるショック、そうそうないよ」
「八木ちゃんてさー、なんかかっこよくなったね」
「八木は昔からかっこいいよ。泣いている女の子にはね」
そういう意味では、嫉妬する部分がないわけではないと認めたくはない。
「ところでわたしもベニ……ユキちーの配信見たけど、一緒にカフェにいった『Nちゃん』て二反田のこと?」
「うん。女子にしておかないと、ガチ恋の人が鍵アカで長文お気持ちポストしちゃうから」
いわゆる「ユニコーンへの配慮」というやつです。
「両手に花ですねえ、モテんだくん」
「そっち? 配信を聞いたなら、そういうんじゃないってわかると思うけど」
「まあね。イジりたいんじゃなくて、二反田も変わったなーって」
「……たしかに。過去のぼっち具合からは考えられない」
女子ふたりと三人パーティなんて、チート転生してもそうそうない。
「みんなに比べると、わたしはぜんぜん変わらないなー」
「町野さんは、最初からレベルカンストだから」
「メリークリスマス!」
指ハートを作って、「ちゅ」なんて顔をする町野さん。
「すごい慌てんぼうのサンタきた。まだ七月だけどどうしたの」
「ここらで話の流れが変わるから、アイキャッチ入れとこうかなーって」
「セルフでやる人、あまりいないよ」
「というわけで、二反田は変わった? 昔はどんなワルだった?」
「やんちゃ武勇伝なんてないよ。昔からこの感じだし」
「わたしは自分の部屋を見せたり、卒アル見せたりしてるけどさー。二反田の過去とかプライベートとか、ぜんぜん知らないし。不公平じゃない?」
「そう言われても、話すようなことが毛ほどもないし」
「というわけで、企画を持ってきました! 題して、『二反田に十前後の質問』!」
「さっきから、動画回してる?」
「第一問。二反田の出身は……」
「神奈川県横浜市」
「……ですが、いま何問目?」
「クイズになってるし、一問目に聞くやつじゃない!」
「正解。では第二問。二反田の趣味は?」
「ドミノ。たき火。動物園の定点動画視聴」
「ネットの炎上に、よく薪をくべてるもんね。第三問。初恋は?」
「人聞き悪すぎる。初恋は……小学生の頃に遊んだ父所有のゲームに出てきた、『ッス』って口調の後輩ヒロイン」
「ゆがめられちゃったかー」
「ゆがんではないと思うけど、後輩に慕われたい人生でした」
「知ってる。第四問。将来の夢は?」
「ネトフリのサムネ作る人」
「わかる。『なんでそこ?』ってサムネ多いよね」
「本当は、ドミノ関係の仕事に就きたいです」
「それも存じ。第五問。過去の失敗は?」
「中学時代にいた数少ない友人たちに、『ネトゲで回復職の人はリアルも癒やし系なんてことはなくて、シンプルに他人を信頼していない人だよ』って言ったら、次の日から口を利いてもらえなくなったこと」
「なんで? ピン芸人のネタみたいで面白いのに」
「みんなネトゲで同じギルドで、そこにひとりだけ女性ヒーラーがいたから」
「打ち砕いちゃったかー。オタサーの姫の幻想」
「ネトゲの回復職うんぬんは、僕のことだったんだけどね。始業式の日に自己紹介ですべったのと同じで、空気が読めてなかったんだよ」
「わたしは好きだけどね。第六問。いま気になっていることは?」
「町野さんが部室に入ってきてから、一度も笑ってないこと」
「……っ!」
かっぴらいた目で僕を見て、すぐにそらした町野さん。
「いいワードが出ても『ω』の口にならないし、僕の初恋にもニヤニヤしないし」
「……してたし」
「悪口、本当はしんどかったんでしょ。僕になにかできることある?」
町野さんが一瞬で紅潮し、すうと深く息を吸った。
「ない」
「そういうスカし、町野さんらしくないよ。素直になるか、ちゃんとボケて」
「……王様の頭をタップして、なぐさめてあげよう」
「一生見かける広告ゲームみたいに」
でもきちんと言ってくれたのだから、僕も恥ずかしがるのは違うだろう。
お互い椅子に座って向きあい、ではと手を伸ばした。
「うう……ううう……」
「よ、よしよし」
髪が崩れないように、丁寧に、優しく、イケメンぶらないように、なでる。
「『彼氏ができて調子乗ってる』って言われてた……部の一年生に……」
根も葉もなくはないけれど、事実無根もはなはだしい。
「『調子乗ってる』の具体例がないから、ついた尾ひれがもう取れた噂だね。みんな町野さんに表裏がないのを知ってるから、ぜんぜん浸透しないんだよ。一年生はまだ町野さんを三ヶ月しか知らないし、プールをジム代わりに使う部員からしたら体育会系は暑苦しいから、いまはまだアンチがいる。でもそれすらねじ伏せるのが町野さんのカリスマ性で、夏休みに入る頃には、ひざ枕したい後輩が列をなしてるよ。僕が保証する」
なんて弁舌を振るったところ、町野さんは猛った。
「不安が一気に解消しちゃったよ! うれしいけど、ゆっくりよしよしして!」
今回は答えではなく、共感が必要なパターンだったらしい。
「えらかったねえ。すずちゃんががんばってるとこ、ちゃんと見てるからねえ」
「なんでおじいちゃんなの! もっとメロれる男子ちょうだい!」
「いって。カラコンずれちゃった。いって。首いって。わっる。喉の調子わっる」
「偏見が二反田がましい! もっと劇場版の二反田!」
「信じてる人のところには、大人になってもくるらしいよ。サンタ」
町野さんがぽわんと赤くなり、やがて口を「ω」の形にしてくれた。
「へへ。サンタきたかも。ありがとね、二反田」
「お役に立てたならなにより」
「二反田も、わたしにしてほしいことある?」
「ご自愛」
「くぅ……八木ちゃんも二反田もかっこよくなって、おねえさんうれしいよ……」
「坂本くんも入れてあげて」
「リョーマは最初からかっこいいよ。顔だけは」
そういえばそうだったと、すっかりイケメン感の失せた友人を思いだして笑った。