続・ツッコミ待ちの町野さん

#45 ハッピーバースデー、町野さん

 六月十五日の日曜日は、町野さんのバースデーだった。

 僕が恋人であればスペシャルなデートプランを用意すべきだけれど、そうではないので映画を見にいくことに。

 そういうわけで僕はいま、桜木町駅の改札前に立っている。

 スマホを見ると午前十時。集合時刻のオンタイム。

 僕は巨大な柱に背中をあずけた状態なので、ひとまず安心とスマホをしまった。

 町野さんは卓越した身体能力を駆使して、いつも僕の背後を取ってくる。

 そうして肩トントンからの指ほっぺを行い、けたけたと少年のように笑う。

 そんなログインボーナスがいやではないけれど、可能であれば防ぎたい。

 もう何十回とほっぺをぐりぐりされているけれど、いまだにドキドキしてしまうから。

 電車が駅に着いた。改札から人があふれてくる。

 そろそろかなと目をこらしていると、右肩にどんと衝撃があった。

 驚いて隣を見ると、そこに町野さんの横顔が見える。


「よ」


 町野さんはまっすぐ改札のほうを向いたまま、敬礼するように左手を挙げていた。


「邦画とかで、カップルの距離感を演出するときのやつ……!」


 その生々しさに照れてしまって、僕は「よ」を返せない。


「これ、実際にやるとタイミング難しいねー。相手がスマホ持ってたら落としちゃうし」


 配慮のある「よ」をしてくれた、町野さんをちらりと見る。

 今日はオーバーサイズの白Tに、スポーツブランドの厚底サンダルだった。

 ファッションとしてはノーマルの町野さんだけれど、サラサラのストレートヘアは絵柄違い的なレア感がある。


「今日のお召し物も、スポーティかわいいでございます」


 教育され続けてきた僕は、即座に執事スタイルで服をほめた。


「二反田もいいね。スターターパックで組める清潔感デッキって感じ」

「逆張りの逃げが許されない時代だからね……」


 昨今は「恋愛に興味ない」は通っても、「ファッションに興味ない」は通らない。

 おしゃれはモテのためではなく、「一般人」への擬態スキルだ。


「じゃ、行こっか。二反田、なんか見たい映画ある?」


 かぽかぽと歩きだしながら、町野さんが尋ねてくる。


「僕はなんでも楽しめるよ。町野さん、苦手なジャンルは?」

「犬がかわいそうなやつ」

「わかる。人間は死ねば死ぬほど面白いのにね」

「二反田、見て。デコルテまで鳥肌」

「誕生日なのに、すみませんでした」


 ピュアサイコ発言を謝罪をしつつ、映画館の中へ。


 やっぱり映画館なら迫力をと、ハリウッドアクションを選んでポップコーンを購入。

 上映時間を待つ間は、ロビーのソファに座って適当なる雑談。


「『なんで映画館ってポップコーンなの』って、ここで八万回くらい聞かれてそう」

「『食べるときに音がしないからだよ』って答えたお父さんが、娘に『するが?』って不満顔を六万回くらいされてそう」


 早くも「ω」の口が出たので、今日はなかなか幸先がいい。

 時間になって席につくと、予告の間に町野さんがポップコーンを食べ終わり、僕がひいていないか確認するような横目で見られ、ロボやAIが苦手な町野さんが「映画泥棒」をうっすら怖がっているのを横目で見たりしつつ、本編を鑑賞。

 怖いシーンで手を握るとか、キスシーンで気まずくなるとか、そういう雰囲気には一切ならない、安心のスキンヘッド大暴れムービーをたっぷりと楽しむ。

 目配せをして席を立ってからは、お互いうずうずしながらも無言を貫いた。

 そうして映画館から外へ出た瞬間、ネタバレ解禁と声をそろえる。


「「めっちゃ面白かった!」」


 感想語りをしつつ、町野さんが行きたいというカスタムサラダの専門店へ。

 お店がおしゃれすぎて大声を出しにくいので、テイクアウトしてベンチへ移動。


「千円以上のサラダ食べるの、僕は初めてだよ」

「でもボウルに山盛りだし、なによりおいしいんだよねー」


 いただきますと、シーザーサラダにスプーンを伸ばす。


「……聞いたことない横文字のドレッシングだったけど、めちゃめちゃおいしい」


 細かくカットしてある野菜は食べやすく、普通のサラダよりも食感と味が多い。

 特筆すべきはドレッシングで、バターみたいな「健康アンチ」が、しれっとヘルシー面をしてサラダの上に居座っていた。そりゃあおいしいに決まっている。


「ね! うなぎもおいしいのは、結局タレだし」

「十年後には僕たちも、『素材の味』がわかるのかな」


 そんな一般会話をしつつ、話題は映画の感想へ。


「あのセリフ、最高じゃなかった?『ミシシッピアカミミガメの耳は、ここにある』」

「悪人のこめかみに押し当てた銃を、ほっぺまでスライドさせるシーンね」

「『おい。主人になつく犬は足下で寝るもんだぞ』も好き!」

「主人公が起きたら、毎朝胸の上に愛犬が乗ってるんだよね。40キロのサモエドが」


 友人と一緒に見た映画の感想会は、その映画以上に楽しい。

 おなかいっぱいサラダを食べ終えたので、海を眺めながら夏休みの話。


「わたしは部活と大会があるけど、二反田は?」

「僕も同じだよ。部活と町野さんの応援」


 毎回は迷惑かなと思って、大きめの大会だけ観戦させてもらっていた。

 まだ二回しか見ていないけれど、試合本番の町野さんはなんとも凜々しく、格ゲーで容姿の似たキャラを使ってしまうくらいかっこいい、とは本人には言えない。


「やっぱ、『みんなで』の予定も欲しいねー」

「去年の花火みたいな?」

「それもいいけど、もっと絆イベントっぽいの。高校生のクイズ大会みたいな」

「ああいうのは、クイズ部の人が目指すものじゃないかな」

「知力、体力、時の運がためされるから、ワンチャンいけるよ」

「僕はどれも自信ないけど」

「担当は、わたしが知力で、ベニちゃんが体力。イオちゃんが時の運かな」

「自分じゃなかった恥ずかしさもかすむ、間違いだらけのキャスティング」

「でもみんな忙しいし、現実的なのは一泊旅行かなー」

「一泊旅行」


 高校生ともなると、遊びの選択肢にそういうものも入るらしい。


「さっそく担当決めよ。二反田が全体把握で、リョーマが会計。ベニちゃんは家からスイカを持ってくる係で、わたしはチェックアウト前の部屋掃除」

「雪出さんは家から三歩で力尽きて、宿代はたぶん足らなくなって、チェックアウトのときに僕がすごく怒られるからやめて」


 でも旅行は楽しいかもと、しばし計画案で盛り上がった。

 その後は少し歩こうかと、桟橋辺りをぶらぶらする。


「やっぱカップル多いねー。今日はさすがに、わたしたちもそう見えてるね」

「遠目ならそうかも。近かったら顔面レベルの差で見抜かれると思う」

「二反田は一年たっても、そこはブレないね……ふむ」


 ふいに肩を寄せてきて、僕の腕を取る町野さん。


「……町野さん、恥ずかしいです」

「腕を組むって、こういう感じかー。つかまるところがあるのは楽だね」

「……町野さん、近いです」

「密着するねえ。こりゃあカップルだねえ」

「おやおや。町野さん、きれいな噴水を見つけて近づいていくようですよ」

「見て、二反田。噴水がある!」


 町ブラ風ナレーションでの誘導に成功し、僕たちは階段状のブロックに腰を下ろした。

 しゃらしゃらと噴き上がる水を眺めつつ、頃あいかとバッグから紙袋を取りだす。


「ハッピーバスデー、町野さん。おめでとう十七歳」

「もー。気を使わなくていいのにー」

「期待してた人の半笑い」

「そりゃね。ありがとね。開けていい?」

「どうぞ。ひとつはプレゼントで、もうひとつはネタ枠です」


 最初の箱からは、シルバーのイヤリングが出てくる。


「おー。こういうシンプルなのほしかったから、普通にうれしい。もうひとつは……」


 追加で出てきたのは、ドミノ牌をモチーフにしたゴールドのイヤリングだ。


「二反田らしからぬ、二反田っぽいのきた!」

「それは、いまつけてほしいわけじゃないんだ」

「その心は?」

「十年後も友だちだったら、町野さんはそれをネタにからかってくれそうだから」


 居酒屋で髪を耳にかけて、イヤリングを見せる二十七歳の町野さん。

 僕が黒歴史を感じて恥じらうと、バンバンとテーブルをたたいて笑う町野さん。

 まだ未成年だから想像だけど、その日のお酒はきっとおいしい。


「二反田……」


 爆笑を期待していたけれど、町野さんは頬を染めて瞳をうるませていた。


「えっと……すべった?」

「すべってないよ……というかプレゼントふたつなんて、お金かかったでしょ」

「まあ予想よりは。でもなんていうか、あげたくなっちゃったから――」


 言い終わる前に、ぎゅっと抱きしめられる。


「にたんだー! 結婚してくれー!」

「よ、喜んでくれたみたいでうれしいけど、自分を安売りしないで」


 ミームっぽい言い回しだったので、なんとか冷静に対応できた。


「わかった」


 スンと真顔になって、身を引く町野さん。

 絶妙の間に僕が噴きだすと、町野さんも笑った。

 指ほっぺが回避できただけで、結局スキンシップぜんぶ乗せだった一日。

 町野さんが体育会系じゃなかったら、「つきあってるかも」と錯覚するところだった。

 

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