続・ツッコミ待ちの町野さん
#40 ノーマッチョがいい町野さん
ゴールデンウィークが終わって、また日常が始まる。
「連休は充実しすぎだったし、しばらくらはのんびりしたいな」
そんな気持ちで床にドミノを並べていると、勢いよく部室の引き戸が開いた。
「二反田、ビッグニュース!」
現れたのは、長袖ブラウスにエナメルバッグを斜めがけした女子生徒。
上はジャージか半袖ブラウスが多いので、長袖姿を見られる時期は短い。
「どうしたの、町野さん。推しがピックアップにでもきた?」
「いいビッグニュースと悪いビッグニュースがあるけど、どっちから聞きたい?」
「『ビッグニュースだ』って部屋にきた人が、その二択迫ることある?」
「町野さん、彼氏いないって」
「えっと……それはいいニュース? 悪いニュース?」
「二反田にはどっち?」
仮に「いいニュース」と答えれば、「二反田わたしのこと好きなんだー」的にからかわれるだろう。相対的にご機嫌になる可能性が高い。
逆に「悪いニュース」と答えれば、友人として同情を伝えたつもりが、おそらくはコントに入る流れになる。たぶん赤面するようなことを言わされるはずだ。
どっちでも大差ない問いだからこそ、思わぬ罠が潜んでいる気がする。
「えっと……申し訳ないけど、僕には『いいニュース』かな。彼氏や彼女ができると、友だちづきあい悪くなるって言うし」
「そっかそっか。かわいいとこあるね、二反田」
ニシシ笑いが出ているので、「グッド」以上のコミュニケーションだった模様。
「町野さんも二年になって、彼氏がほしくなってきた?」
「それねー。わたし、彼氏いるらしいよ」
「は?」
「水球部の先輩がね、わたしに告白しようとしてたんだよ」
ついさっきは、「町野さん、彼氏いないって」とニュースを伝えてくれた。
なのにいまは、「わたし、彼氏いるらしいよ」と真逆のことを言っている。
どちらが真実かと言えば、もちろん後者だろう。
叙述トリックの初歩だ。
前者の「町野さん」が同姓の別人であれば、発言に矛盾はない。
町野さんは誰からも好かれるタイプで、外見だって相当に魅力的だと思う。
だからこの日がくることは、ずっと前からわかっていた。
相手が水球部の先輩なら、アスリート同士お似あいだろう。
「だからこれも、『いいニュース』なんだ……僕は友人として、祝福すべきなんだ……」
「二反田?」
「選挙と同じだよ。拒否したって結果は変わらない……」
「なんか社会派っぽいこと言ってる。もしかして、『ひとり対話モード』に入った? 部室でひとりのときに、ぶつぶつ言ってるやつ」
「また日常が始まるだけさ。町野さんのいない、退屈な日常がね……」
「なんで、わたしがいなくなるの?」
「彼氏ができた町野さんは、もう部室にこなくなるから……」
「お、割りこめた。最初に言ったでしょー!『彼氏いない』ってー!」
耳元で町野さんの大声がして、僕は現実に引き戻された。
「……町野さん? えっと……おめでとうございます」
「二反田、口をはさまず聞いてね。水球部の三年生が、引退前に『彼女がほしい』って水泳部の女の子に声をかけ回ってました。わたしも声をかけられました。告白する流れになりそうなところで、先輩――水泳部の女子の先輩ね――が割りこんで言いました」
町野さんが、どうにも不服そうな顔で続ける。
「『スズちゃんもう彼氏いるよー。ドミノ部の部長さーん』って。先輩がわたしを守るために言ってくれたのはうれしいけど、わたし彼氏いることになっちゃったんだけど?」
「えっと……なんで先輩さんは僕のことを」
「先輩、わたしのこと大好きだからね。二反田をライバル視してるんだよ」
「そういえば……町野さんも先輩のこと大好きだよね」
一年生のときの町野さんは、「先輩がさびしがるから」と部活をサボらなかった。
先輩さんから見た僕は、町野さんの部活時間を奪う敵に等しい。
ライバル視は光栄であり、滅相もないけれど、いつか必ず恩返しせねばと思う。
「二反田、責任取って」
「と、言いますと」
「ちゃんと告白するから、つきあってくれない?」
過去イチどきりとしたけれど、僕には返すべき言葉がある。
「えっと……これは告白の『練習に』つきあうのか、この時点で告白されたと考えて返事をどうするのか、悩むタイプのコント始まってる?」
「告白の練習って、リアルに高校生が一番やるコントだよね」
「気をつけて、町野さん。そのナチュラル陽キャ発言は、人を殺せるから」
頻繁にコントしている僕が、一度もやったことないのに。
「わたし告白する水泳部の後輩やるから、二反田は水球部の先輩やって」
「い、いいけど……さすがに生々しすぎない?」
現実の設定と、するほうされるほうが逆ではあるけれど。
「水球部の先輩、引退までもう少しいるんだよねー」
誠実とは言えない告白をする人と、町野さんはいましばらく顔をあわせる。
愉快とは言えない相手を見たとき、思いだし笑いをさせてあげられたら最高だ。
「おお、町野。いま帰りか。ボール指の先でクルクルー」
腰に手を当てつつ、常より声を張って言う。
「ずるいよ二反田! こんなん笑っちゃうよ」
解像度低めな僕の水球部員に、声を出して笑う町野さん。
「町野はいつも笑ってるモリ。笑顔が似あってるモリ」
「語尾でマッチョ感出すのやめて!」
バンバンと、肩をたたいてくる町野さん。
「マチョはそろそろ帰るモリ。服を着るモリ。やっぱ着ないで帰るモリ」
「一人称……! くくっ……先輩、ちょっと待ってほしいッス」
「……っ! 前回の『っす』系バイト後輩よりも、運動部寄りな『ッス』系後輩……!」
「あれ? 先輩もしかして、新入部員ゼロだったことまだ気にしてるッス?」
「パンプアップ! いまドミノ部の話は聞きたくないモリ!」
「『シャラップ』みたいに……くっくっく……」
こらえきれずに、また噴きだす町野さん。
「町野、なにか用モリ? マチョは肩に乗せるちっちゃい重機を買いに行くモリ」
「うっふふ……わたし、先輩のことが好きッス」
「モリ?(胸筋ピクピクー)」
「んふ……気を取り直して。文化祭でケバブを切っている姿を見てから、ずっと先輩のことが好きだったッス」
「水球も筋肉も関係ないモリ……(背筋モコー)」
「しょんぼりマッチョ……! もうやめて……笑い死ぬ……!」
今日の町野さんは、ずいぶんなゲラだ。
「ところで『いつから好きだったか』を伝えるの、告白には重要なことモリ?」
「テクニック的な話だと、片思い期間が長いと相手がほだされて成功率が上がるッス」
「なるモリ」
「ロマンチックに言えば、想いを伝えたいからッスねー。こっちはもう長いこともやもやしてるんで、全部吐き出してスッキリしたいッス。明日の自分のためッス」
「把握したモリ。お墓参りと同じ、自己満足モリね」
「全女子と全ご先祖さまを敵に回すなんて、先輩は命知らずッスね」
「長引くほど首を絞めそうだから、もう返事をするモリ。こちらこそ――」
「だめッスよ、先輩」
「モリ?(マッチョ・オレぐびぐびー)」
「ぬふん……昨今の告白アンサーは、オッケーならハグするッス」
「ほんモリ? ……じゃあ、ごめんモリ。マチョには好きなマッチョがいるモリ」
「いいんスか、先輩。女の子に一度オッケーしてから『やっぱなし』なんて、もうベンチプレスできないっすよ」
たしかにそんなマッチョは、ジムで事故に見せかけて殺されるだろう。
「でもモリ……」
「先輩、わたしかわいくないッス?」
「か、かわいいモリ」
「じゃあ……ほいッス」
町野さんが両腕を開き、受け入れ体勢を取った。
「えっと、でも、ここは学校なので、誰かに見られたりしたら……」
ただでさえ、先輩さんのデマがあるのに。
「大丈夫だよ、二反田。これは告白の練習。はい、直前のセーブデータから」
町野さんが、ふふんと笑っている。
たぶんやらないと終わらないし、観念するしかなさそうだ。
「長引くほど首を絞めそうだから、もう返事をするモリ。こちらこそ、よろしくモリ」
「笑っちゃうからノーマッチョで」
「よろしく……お願いしますドミ」
及び腰ながら、腕を広げて町野さんの背中に回す。
町野さんの体は、笑いをこらえて震えている。
「あー、笑った笑った。二反田、ありがとね」
体を離した町野さんは、いつもの「ω」の口だった。
「お役に立てたならよかった。告白って、本当にこういう流れなの?」
「対面はね。いまは『コクハラ』とかあるから、だいたいLINEだよ」
「コクハラ……?」
「画面端に追い詰めたり、一本目は遊ぶみたいな告白。じゃね」
きたときよりも明るい顔で、町野さんが去っていく。
だまされた感はあるけれど、なぜか奇妙な充実感があった。
「あんなに笑ってもらえるなら、僕も筋トレしようかな……」